(指揮者/高橋利幸HP『徒然草』2008.12.9*百九十段*より)

 来年2月7日、「ねむの花」の忘れられない名曲シリーズ第一弾が、中田喜直の作品集だ。

 邦人作曲家を大きく分けると、器楽の曲、つまり管弦楽や室内楽などを多く作っている人と、声楽曲、独唱、合唱曲を多く作曲している人に分けられる。さらに、たとえば合唱曲に限っていえば、女声合唱、男声合唱、混声合唱とあるうちの、人によっては女声合唱曲が圧倒的に多い人、混声曲が多い人、男声合唱曲がそのほとんどという人、というように作曲家でもその人によって特徴がある。

 中田喜直は、圧倒的に女声合唱曲が多いし、多くのヒット曲も女声合唱曲だ。多田武彦氏は逆にそのほとんどが男声合唱曲で占められる。

 さて中田喜直だが、多くの人に親しまれている初期の作品「めだかの学校」や「夏の思い出」は、女声合唱でもなく、この区分には入らない名曲に入れるのが妥当だろう。「雪の降る街を」も同様か。「めだかの学校」は童謡だが、「夏の思い出」と「雪の降る街を」は歌曲ともいえる。「夏の思い出」を聴けば尾瀬を連想し、「雪の降る街を」を聴けばまさしくそのとおりの、雪の降る街、が浮かんでくる。

 歌曲もたくさん書いている。その中の「さくら横丁」・・・私の大好きな曲だ。女声合唱の小品で、「ぶらんこ」と同様に日本の原風景の中に、そこはかとない、はかなさや、あやうさをこの二曲には感じてしまう。短い曲なのに私にとっての忘れられない曲だ。

 中田作品には、曲の不出来というものを感じられない。これも驚くべきことだ。少なくとも出版されている曲、過去も含めて、どれもが魅力にあふれている。可能ならば全作品の演奏をしたい思いだ。

 今回の作品集に、「みえないものを」と「蝶」の二つの組曲を取り上げるが、選曲には迷った。「蝶」は凝縮され、選ばれぬいた音が譜面に並ぶ。妥協や散漫さや、弛緩めいたところが一か所もない完璧な作品だと思う。「みえないものを」を今回はもう一つの組曲として取り上げるが、これは、逼塞気味の現代の日本への未来に向けたメッセージとして聴いてほしい。

 「蝶」は、一人の人間が一人の人間としておのれ自身をどう生き切るか、の個人の心へのメッセージとして聴いてほしい。生きる喜び、苦しみ、悲しみ、憧れが、凝縮されている。

 「北の歌」も取り上げたい。「心の花園も」・・・中田作品への思いがあふれる。




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ねむの花 第5回演奏会 「女声合唱の世界 〜忘れられない名曲シリーズVol.1〜

指揮者/高橋利幸HP

中田喜直の音楽