(指揮者/高橋利幸 "女声合唱の世界"チラシ裏面 より)

 昭和の夕日を・・・過去からいま、そして未来へ。  〜忘れられない名曲シリーズVol.1〜

 忘れられない名曲シリーズ・・・として、浜離宮朝日ホールを会場に演奏会を開催する。ねむの花は第一回の公演を白井市文化会館で行い、2回、3回と回を重ね、2008年5月には柏市のアミュゼ柏クリスタルホールにおいて四回目の公演を行った。単独で、しかも有料での公演とし、文字通り社会に認知されるべく、後戻りをしない決意での演奏会と位置付けた。

 創立当初より、日本人の作曲家の作品を取り上げることは決まっていた。そして、さらに目指すものとして、日本人の作曲家による優れた作品を、日本の合唱曲の「古典」と呼べるような状況にしたいという、大きな目標を持つに至った。

 合唱曲はもちろん多種多様に存在する。人類が音楽をもちえた時から合唱の歴史が始まったともいえるし、器楽音楽の歴史よりもはるかに長い。作曲家のほとんどが、管弦楽曲と同様に合唱曲を書いている。日本の作曲家も多くの作品を書いているし、特にアマチュアの合唱団の活動が活発でかつ演奏レベルの高さと相まって、海外の作曲家の作品をしのぐ勢いで、邦人作曲家の作品が頻繁に演奏される。おそらく作曲家としても自分の作品が音になる瞬間に立ち会えるということは大きな喜びだろう。

 さて、その反面、一時代を築いた作曲家たちの作品が少しずつ記憶から遠ざかる、という現実も直視しなければならない。故人となられた、高田三郎、中田喜直、清水 脩、福島雄次郎の各氏がすぐに頭に浮かんだ。そして代表的な作品の名前が浮かんでくる。

 古典となるには、おそらくあまりに前衛風な作品は難しいだろう。時代の先端を行く行為の多くはプロがその任を担うのだと思う。それは芸術に限らず、科学や思想も同様だ。音楽に安らぎや癒しや、時には精神の高揚を求めるだろう一般人の我々には、演奏する側も、聴く側も、取り立てて構えることなく、心の欲するがまま、音楽を演奏したいと思い、それを聴きたいと思う…。それが古典と言えるのかもしれない。

 そんな仮説を立てながらの、中田喜直氏の作品集を「忘れられない名曲シリーズ」のvol.1とした。このプログラムにはNHKのラジオ歌謡の中の曲を含めた小品から、当時は、アマチュアには演奏不可能とまで言われた組曲までを、四つのステージに分けて配置してみた。

 春、夏、秋、冬の四季を歌った抒情的な第一ステージ、伊藤海彦氏の深い詩に曲をつけ、若い人たちの未来、希望、あこがれ、を組曲として歌い上げた第二ステージ、昭和25年生まれの実在の女の子が小児麻痺での闘病生活の中で気持ちを詩に託した「マリちゃんの歩いた夢」の第三ステージ、そして第四ステージが難曲「蝶」だ。誕生から、飛翔、灰色の雨、越冬、よみがえる光、とまるで人間の一生を描いているようにも思える。この名曲には心が震える。昭和45年の作品だ。

 世界で有数の音響を誇る浜離宮朝日ホールの中が、安らぎや、懐かしさや、やさしさや、希望、でいっぱいになれば、今日の演奏会こそが、まさに、常に夢を持ち続けたオールウェイズ・昭和の夕日の世界であり、それはまた過去と今と未来とをつなぐ、一つの懸け橋になるのだともいえよう。その見えない時間の中に私たちは生きているのだから。




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ねむの花 第5回演奏会 「女声合唱の世界 〜忘れられない名曲シリーズVol.1〜

指揮者/高橋利幸HP

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