田三郎、帰天10年、遺徳を偲んでの作品集の演奏会が無事に終わった。浜離宮朝日ホールは、変わらずの心地よい響きで歌声を包んでくれた。ホールも一つの楽器であるということを改めて思い起こさせてくれる優れたホールだとつくづく思った。

 合唱組曲「水のいのち」への共感を多くいただいた。たくさんの方が歌われたことがあったり、お聴きになられた際に、感動をしたことのある曲なのだと教えられた。
 この演奏会の企画をしたものとしても、選曲が間違いでないことに安堵した。

 歌ったメンバーは本番の一瞬のステージに向けて、気持ちを集中させてくれた。体調や心の持ちようなどそれぞれ事情があることはいつも同じで改めて言うまでもない。その中で、最善を尽くす努力をし、それが実を結ぶか・・・表現者の宿命としても、なかなか大変なことも事実だ。リハーサルから本番までのモチベーションの維持を上手に図ってくれた。私の指揮で歌ってくれた25人のメンバーに、心からの感謝の気持ちを伝えたい。

 ピアニストを務めた小川さん、極めて丁寧に音を綴ってくれた。ソロや協奏曲でのピアノの担当とは違う要素も必要になる合唱曲のピアノパートをみるみる己のものとしてゆく姿に、私は感動した。

 田三郎のおしゃれな軽妙さを引き出してくれたソロステージの枝松さんも、重厚さとは対極をなす「パリ旅情」8曲を、確実な日本語の発音によって見事に表現しきっていた。

 時間の経つのが今ではきわめて速く感じられ、一つのことが終わると、さあ、これをいつまで続けられるのか、と思うことが増えた。はじめがあり、終わりがある、それがまぎれもない現実だ。
 指揮をする時の心や、終わった時の心持は自分でわかる。二律背反のこと、充実感と虚無感だ。自分で音を出す、演奏者はどんな心境を抱くのか、ここは、知りたいところである。

 何十年も前から持ってきた、相反する思い、この揺れる心境に耐えるのは意外に厳しい。生きること自体、喜びと哀しみ、高揚感と寂寞感、極端に違うものを背負っていくことだと思えば、それ自体が、宇宙や神が与えてくれた人間への試練ではないか、と感じたりもする。どのあたりで「悟る」のか、いまだにわからない。






ねむの花 HOME
ねむの花 第8回演奏会 「愛と心の歌 〜忘れられない名曲シリーズVol.4〜

指揮者/高橋利幸HP

(指揮者/高橋利幸HP『徒然草』2010.6.6*四百三十段*より)

浜離宮での演奏会を終えて