(指揮者/高橋利幸HP『徒然草』2010.4.8*四百十三段*より)

 探し物をしていて、思いもよらない楽譜が出てきた。探しものは見つからなかった。「現代混声合唱名曲選1」という結構厚いものだ。ページ数224ページ、発行が昭和55年とある。ということは1980年、今から丁度30年前の出版になる。「麦藁帽子」「一羽の鳥」「石仏」「一日に何度も」と曲が並んでいる。
 自分が中学校教師の時に購入したものだろう。買った時の記憶はなく、しかし、今でも取ってあることを思えば、必要だという確信を持って買ったと思う。価格は1800円。
 表紙の写真は、エヴェレストか、山の名前はわからないが、雪をかぶった山脈がきれいだ。楽譜は黄色みを帯びた厚い紙質、「風になりたい」という曲もある。学生時代に合唱指揮法という集中講座(単位取得のための必須の科目ではあった)で、この曲の指揮を何人かでして、講師の長谷川朝雄先生から少しだけ誉められた記憶がある。

 記憶は私にとっては不思議だ。誉められた記憶は少なく、嫌な記憶が多く残っている。誉められたことが少ないのか、嫌な記憶の方に力があるのか、しかし時に懐かしく癒されるような記憶を呼び起されることがある。今日のような、思いもよらない曲集を発見した時もそうだ。これは楽しい。

 最近の見る夢は自分が成し遂げられなく、心残りに残っていると思うものがほとんどだ。これは、起きた後に苦しい気分に襲われる。若い時には見なかった夢だから、長く生きたということか。そして、自分を分析する。いろいろな場面で理屈をこねる私だが、所詮は理論家ではなく、感情家なのだということがわかる。
 こういう種類の人間は多くに人には好かれないだろう。これを直すにはどうしたらいいのか、感情を殺して、もっと「平ら」な性格になるのが一番の方法だろうが、はたしてそれができるのか。

 合唱の楽譜を発見した今日の「段」だ。私の指揮する合唱団は年に2回の演奏会を開催している。多くの合唱団と同じくアマチュア団体だ。時折、ほかの団体のメンバーから、年に2回の演奏会のペースにはついていけないから入ろうとしても入れない、というようなことを言われる。そういわれると「そうか・・・」とも思う。ただし、合唱祭や合唱コンクールに出ることはなく、定期演奏会だけに絞っているのだから、負担はそう変わらないのでは、とも考えるのだが。自分が歌って満足・・・というだけでは私が満足しないのだ。コンクール目標、それも有りだし、地域の文化活動に焦点を合わせる、それも有りだし、発表は機会ができたらやろう、とりあえずは歌って楽しい、というもの有りだ。だとすると、日本の忘れられない合唱曲の名曲を歌い続けるという「ねむの花」の活動も有り、だろう。
 絶対の自信はないのだ。かすかな自信はある。「忘れられない名曲シリーズ」で日本の合唱曲を歌い続ける意味があるだろうということは。




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ねむの花 第8回演奏会 「愛と心の歌 〜忘れられない名曲シリーズVol.4〜

指揮者/高橋利幸HP

忘れられない名曲シリーズ