本番の指揮の前に、ほかの指揮者の演奏を聴いてみる、ということは時々することだ。今回もそれを思い出して、古いレコードを探して聴いた。田三郎の「わたしの願い」と「水のいのち」は、中村義光さんの指揮での沼津合唱団の演奏だ。レーベルは「CIPANGO」,株式会社アジアレコードの浅野さんから頂いたものだ。浅野さんは社長でもあり、録音技術者でもあった。録音の技術に優れ、信頼のできるディレクターだった。

 合唱のレコードを何枚か作っていただいたこともあるが、オーケストラのコンクールの録音では何年もお世話になった。アナログ録音とデジタル録音との移行時期と言ったらいいのだろうか。初期のデジタル録音は音質が妙に冷たく、いかにも「デジタル」という感じがした。そんな中で、優秀な人が優秀な録音機材で録音をすると、アナログ録音の方が良い、とも思える見本のような録音をしてくれた。

 このレコードは、1980年の録音と記されてある。「オリジナルマスターよりダイレクトカッティング」とも書かれてある。アナログでのレコード録音の最終時期に当たるこの時代のレコードは、レコード盤へのカッティング技術は最高レベルに達し、ふくよかな、伸びのある、そして歪のない音を記録していた。マスターテープとかカッティングとか、懐かしい言葉でもある。

 たまに使うレコードプレーヤーにレコードを乗せる。スタートはオートでカートリッジが動き、冒頭部分に針が下りる。昔はこれを全部自分の手でやっていた。丁寧にレコードに針を下ろさなければならない。ちょっとでも盤に傷がつけば、それはもう修復はできず大きなノイズとなって音楽よりも大きな音でスピーカーから流れてくる。

 このレコードの音は最高だ。なんと温かく、人の声が優しく響いてくることか。演奏も奇をてらわない、正攻法のものだ。新鮮に聴こえた。ライナーノートには、高野喜久雄さんの言葉が載っていた。「わたしの願い」に出てくる「コブシ」・・・握りこぶしだが、それは怒りのコブシだということが分かったし、「水のいのち」の「海よ」の中で、下から上へ降りしきる白い雪、とはプランクトンの死骸による深海での「マリンスノー」といわれるものを指していること(これは初めて知ったのではなく、思い出した、のだが)を改めて思うことができた。

 偶然に見たり聞いたりしたことが、すぐに自分の役に立ち、自分の指揮にヒントを与えてくれることがたびたびあり、その僥倖には感謝の気持ちが湧いてくる。
 ヘルベルト・フォン・カラヤンは録音の前にアルトゥーロ・トスカニー二の録音を良く聴いていた、とのエピソードは有名だ。その気持ちがわかるような・・・集中力が増し、曲の魅力が増幅されるように感じる。このレコードは嬉しい再発見となった。







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ねむの花 第8回演奏会 「愛と心の歌 〜忘れられない名曲シリーズVol.4〜

指揮者/高橋利幸HP

(指揮者/高橋利幸HP『徒然草』2010.6.3*四百二十八段*より)

レコード 〜本番前に〜