(指揮者/高橋利幸HP 『徒然草』 2008.5.6*百四段* より)

 高田三郎の合唱組曲「水のいのち」がプログラムの最後の曲になる。いよいよこの曲の演奏の時がきた。何十年ぶりだ。第一回の女声合唱団「コール・メーティス」の演奏会では恐れることなくこの曲をメインプログラムとした。と書いてみたが、記憶を確認するために第一回のプログラムを探してみた。1972年9月9日(土)が、私の初めての「水のいのち」の指揮をした日になる。そのあと何回も「水のいのち」の指揮はしているのだが、初めての邂逅から数えると、なんと36年ぶりになるのか。そう思うと何とも言えない気持ちになる。この年月の間にどんな出来事があったのか・・・。

 ねむの花での演奏会では、四回目にして初めて取り上げる曲となった。若いころよりも慎重になったのかも知れない。あるいは、軽い気持ちで指揮をできないことを漠然と悟ってきたのか・・・。

 管弦楽曲や交響曲、ミサやレクイエムなど、どんな大曲でも躊躇することなく指揮をしてきた私だが、なぜかこの「水のいのち」だけは特別の曲として己の心の中に大きく存在している。しかし、この曲自体を知っている人が、現在の時点でどれくらいいるのか。この曲をことさらメインプログラムとしたり、邦人作曲家の作品を演奏することで合唱曲の「古典」を定着させたいという合唱団が現代に受け入れられるのか。難しい判断だ。もしその中で一抹の光明を見出すとしたら、この曲のピアノを担当するものの存在だろう。何と言っても20代前半のピアニストだ。世代でいえば三世代前の年齢だ。このピアニストがどれくらい曲に共感し、感動できるのか。邦人合唱曲が、世代を超えて支持される可能性は・・・。大げさに言うと試金石だ。

 青年期の先頭を生きる若いピアニストをこの曲のピアノの担当とした。この日の演奏会ではもっとベテランの卓越した技量のピアニストも出演しているのだ。指揮者の私がこの人選をした。音楽表現の次代への引き継ぎという側面もあるのは事実だ。しかし、現代の若者らしく(?)時には私を不快にし、たまには小言の一つも言わなければならないこのピアニストに、音楽表現で絶大な信頼を持っているということも事実なのだ。それは中1の時の出会いから始まり、それから今日まで、絶えることのない音楽表現の同士として多くの演奏の場面を共有したということもある。吹奏楽部員の一員として、生徒会活動の中心としての中学生時代、オケの一員としての高校生時代、合唱団のピアニストとしての大学生の時代、指揮法講座でのピアニストとして社会人としての今。

 指揮者がピアニストに寄せる絶大な信頼が空振りに終わるのか・・・それはわからない。言葉で交わせるものでもなく、それは精神活動の範疇だ。今回の演奏会は、四人のピアニストとのピアノコンチェルトのスタンスを最初から考えていたものだ。この企画自体は意表をつくし、スリリングなものだ。私は四人のピアニストが素直に企画に乗ってくれたことに感謝をしている。それにしても「水のいのち」のピアノには、技術に加えて精神力も必要だ。演奏会を締め括るステージでもある。心を込めて、心で弾き切ってほしい。


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ねむの花 第4回演奏会 「邦人作曲家四人展」
心の歌・歌のこころ 「邦人作曲家四人展」

指揮者/高橋利幸HP


水のいのち