(指揮者/高橋利幸HP 『徒然草』 2007.12.6*二十三段* より)

  「若者は海で生まれた 風をはらんだ 帆の乳房で育った。
  すばらしく おおきくなった ある日 海へ出て 彼は もう 帰らない 
  もしかすると あのどっしりした足取りで 海へ 大股に 歩みこんだのだ
  取り残された者どもは 泣いて 小さな墓をたてた。」

 この「海の若者」の短い詩の中に詩人の佐藤春夫がどんな思いをこめて作詩をしたのかを思う。想像は限りなく広がり、思いの深さも際限なく海底にまで沈む。縦書きの九行の短い語句だからこそ様々な想像をふくらませることが出来、作曲への意欲をかきたてられるのだろうか。 
 大中 恩のほかにも金光威和雄がこの詩に作曲をし、これも愛唱され人気を呼んだ。 若者は生まれ、育つ、大きく育つ。ある日海へでて、帰ってくることはなかった。どっしりした足取りで海に大股に歩みこんだのだ、と書かれたこの部分をどう昇華させればよいのか・・・。終わりは、取り残された者が小さな墓をたてた。と締めくくる。悲しいのに凛とした強さも感じさせる心が震える詩だ。
 人がいつも相反する思いを持ちながら生きている。詩人がその苦しみ、悲しみ、理不尽さを語句で表す。そして触発されたかのように作曲家が音楽で詩の要素を更に豊かにふくらませる。 
 その完成された曲を演奏家や指揮者が音として聴衆に伝える。会場で聴く人はそれぞれに思いをめぐらす。己がそのどの部分に携わるのかは人によって違うが、紛れもなく欠くことのできない芸術の創造の部分を担っている。
 瞬間に消える音に思いのすべてを託す、それは一瞬の積み重ねで生きている我々人間そのもの、とも思え、命をけずられるような表現をひたすら求めたい。新しいものを作り出す義務とともに優れた作品の伝承も誰かが果たさなければならないのだ。


ねむの花 HOME
ねむの花 第4回演奏会 「邦人作曲家四人展」
心の歌・歌のこころ 「邦人作曲家四人展」

指揮者/高橋利幸HP


海の若者