(指揮者/高橋利幸HP 『徒然草』 2007.12.26*二十六段* より)

   邦人作曲家の作品に古典と呼ばれる曲はあるのだろうかと考える。

モーツァルトやベートーヴェン、バッハやブラームス、チャイコフスキーの曲は日本でも頻繁に演奏される。需要と供給の関係でそうなっているのかとも思う。

 世界的に認知されている日本のアマチュア合唱団の数とその高い演奏レベル・・・その中に限って考えてみても邦人作曲家の、特に物故された作曲家の作品はどれだけ演奏されているのだろうか。
 
 故中田喜直さんの数々の名曲は古典といえないのだろうか。同じく高田三郎さんの水のいのちをはじめとする数々の合唱組曲は古典の邦人曲と呼べないのだろうかと考える。

 呼び名はともかくとして、誰かがこの曲を聴いてみたいと願ったら一年以内のその生の演奏会を聴くことができるようにはならないのだろうか。
 
 演奏者として新しい作品に挑戦したいという気持ちを否定することはできない。常にあたらしい作品を演奏することを通して多くの人に紹介する義務もあるだろう。

 それと同じように重いこととして物故された作曲家の優れた作品を後世に伝承するという義務もあるように思う。 とうろうの斧になろうともその役割のいちぶを担いたいとねがう気持ちが強くなってきた。 

 それをすることが己の存在の証しとなるのかも知れない。


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ねむの花 第4回演奏会 「邦人作曲家四人展」
心の歌・歌のこころ 「邦人作曲家四人展」

指揮者/高橋利幸HP


邦人作曲家と古典作品