(指揮者/高橋利幸HP 『徒然草』 2008.1.16*三十七段* より)

 「想い出の断層」の中で、「海の若者」と「秋の女よ」に連なる思い出を書いた。急に寒くなってきた。北国からは雪の便りが多くなった。白樺湖も雪なのだろうか。

 「秋の女よ」の詩にはいくつかの重要な言葉がある。表題の「秋の女よ」自体がそうだ。女を「おみな」と読む。四行ずつのまとまりで五つで完結する詩だ。「泣き濡れて」が五回使われる。「幻」「時雨」「古城」「うなじ」「落ち葉」「蓮(はちす)」「一しきり」「凄まじく枯れた」・・・と単語ひとつひとつが美しい。日本の精神を表した言葉とも言えよう。

 「秋の女」と「わがこころ」を佐藤春夫は同一だと書いている。しかもそれは幻だ。幻のなかにある「秋の女」・・・「汝(なれ)」と言い、彼方にみていて最後には「わがこころだとわたしは思ふ」と結ぶ。詩人のあまりの感性に、その鋭い感覚に、深い精神に心が震える。

 この詩に大中 恩さんが曲を書いた。数え切れないほどの合唱曲を作曲した氏はメロディーを美しく作る人だ。私の中では大中さん=メロディー作曲家だ。「海の若者」しかり合唱組曲「島よ」しかり「風の歌」しかり、女声合唱組曲の「愛の風船」「船に乗る日の近づいて」しかりだ。組曲の一曲を思い浮かべてもメロディーがすぐ出てくる。

 佐藤春夫さんの詩の世界は現代では使われない言葉の世界なのだろうか。巷に氾濫する言葉やメロディーはあまりに刹那的で即物的だとは言えないだろうか。

 演奏時間は、約4分の小品だ。だがその訴える精神は深く、人間の営みそのものだ。昇華された詩と昇華されたメロディーとの出会い・・・これが名曲「秋の女よ(おみなよ)」を生んだ。



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ねむの花 第4回演奏会 「邦人作曲家四人展」

指揮者/高橋利幸HP

合唱組曲の指揮