花・はな日記
 ねむの花の団員達が、日々の忙しない日常の中、感じていること、
 思っていることをつづ ります。
 取り組んでいる曲について…、練習のこと…、その他 諸々…。
 ちょっと、のぞいてみてください。



   人に厳しく自分に甘い?! (笑笑笑)。 ◆ S  2011.12.13


前回のねむ公演の録音CDを全部聴いた。
毎度、Nさんがデザインし、作成してくださるポスター&チラシとおそろいの素晴らしいCDジャケット! ←この言い方で合ってますか?
素人の域を超えた職人技!の“作品”。

耳だけは肥えている(つもりだ?)から、出来るだけ客観的に鑑賞しようと思って、むしろ厳しい観点で?講評・批評・あら探し?するぐらいのつもりで聴いてみた。
ちなみにピアノは終始文句の付け所の無い美しさ。素晴らしすぎる!!☆

見たくない聞きたくない現実から目と耳をそらさず、自分を客観的に冷静に見つめ、分析し、反省し、改善することが何より成長への近道(ステップ)!
この一番大切なことが、出来そうで出来ないのだ。

自己陶酔し、自分を褒めてのばす?ことも確かに大切なのだろうが、その方法は、練習量・努力の量が人一倍多く、「それだけ頑張ったのだと堂々と自信を持って豪語できる人」に当てはまるのではないか。
自分を否定するようないじけた人にはなりたくないから、自分肯定・自分大好きキャラで日々生きているが、音楽に関しては満足するのはあまり好きではない。


音楽活動(練習)をしている生徒達に私がよく投げかける言葉。 以下 ♪→♪まで

こんな私ごときの言うことでも、賢い人たちなので、ちゃんと頭の中で変換して、文句も言わずにきちんと飲み込んでくれる。
哲学ちっくに問いかけても、かみ砕かなくても、自分なりに解釈し、消化してくれるよい子達が多いので非常にありがたい。

♪→
音楽は文字通り音を楽しむものだろうけれど、音が楽しいと書くものの、楽しいだけが音楽じゃないよ。演奏という行為だけが音楽活動ではないのだよ。
筋トレだってその筋肉を意識して、正しい呼吸法で行うほうが効果的。
間違った練習法は間違うための練習にしかならない。(練習不足はそれ以前の問題外。)
練習で出来ないことは本番でももちろん出来るわけがなく。

楽譜に書いてあることを完璧に忠実に再現することは、クラシック音楽の世界では、とても重要なこと、基本的なこと、出来て当たり前のことでもあるのだけれど、
楽譜に書いていないことを、自分なりに解釈したり、表現したりすることのほうが、むしろ難しいし深いけれど楽しい作業なのかもよ。そういうこと自発的に考えて演奏してる?

喜怒哀楽なんて簡単なシンプルな言葉じゃ表しきれないような感情とか、感覚的に感じるものとか、なんとなくぼんやり浮かんでくるものとか。
「もの」っていうカテゴリーじゃないか・・・景色とか風景とか風合いとか、イメージをちゃんと持っている?「表現したつもり」の自己満足でなく、伝わらなくては!伝えようね!

「もっと強弱をつけてください」なんて指示しているのがよく聞こえてくるけど、そもそも強弱はつけるものっていうより、自然とつけたくなるものでもあるからね。
「強弱」っていうカテゴリーだって適切ではないのかもよ?その漢字二文字ごときには当てはまらないような表現もあるでしょ?
それは決して人工的なものでもないし、フォルテったっていろんなフォルテがあるからね。
「もっと感情を込めて」っていうけれど、誰のどんな感情なの?
更にさらに「強弱をつけて仕上げまーす」とかいうけれど、本番の瞬間や当日はあっても、芸術にゴールとか完成とかリミットは有るのかなぁ?
同じ状況・環境での演奏はありえないし、二度と演奏しない曲になるかもしれないから、
何事も目標を明確にしてそれに向かって課題解決型で努力を重ねるという意味では「仕上げ」というのも間違いではないけれどね。
→♪

人のことを言うのは簡単、指示を出すのも簡単。
しかし、指示を出す方の注文ってのは、演奏者の立場がわかるからこそ出ることばでもある。

見本を見せるのは・・・至難の業?!立派な手本見本を実演できたら最高。
目指せ!生涯現役・・・既に終わってるや・・・
はぁ・・・、やっぱり、もっといろいろなことが出来る人になりたいや。 よくばりかな。

まずは目の前の課題=次回の演奏曲の譜読みからコツコツやるか・・・







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