(指揮者/高橋利幸HP『徒然草』2010.11.26*四百五十二段*より)


 銀杏の落葉が目立つようになってきた。風が吹くとひらひらと黄色の葉が踊りだす。「朝まで生テレビ」を見ていて、亡き父を思い出した。ジャーナリストの桜井さんが明確な言葉で考えを語っていた。全くうなずける意見だった。主題は領土問題だ。

 理論的に物事をとらえ、それをもとに対応を考えるスタンスが亡き父に似ていた。きっぱりと言い切る国家観と洞察力を持っていた。母はそんな父を「理屈ばかりで・・・」と時々批判をしていた。商船大学を希望しながら師範学校に進み、教職につき、釜山の日本人学校に赴任し、終戦・・・引き揚げ船で帰国、二人の子供とは一時離れ離れになり、その時期に妻が病死、その後再婚、今の母から生れたのが私だ。挫折や苦難の連続だったことは間違いない。35歳で校長職、退職まで25年間、よく職を果たしたものだ。

 放火による学校火災、失火か放火かがわかるまでの心労、胃潰瘍の手術、私も含めて出来のあまり良くない息子たち(妹一人だけは、優れていた。今も同じだ。)を育てること、諸々を考えると、ひたすら申し訳なく思う気持ちが湧いてくる。

 風貌も体型も私は父に似ていないのだが、そんな父が、お前が一番自分に似ていると言ってくれた時の、誇らしいほどの高揚感を思い出した。定年退職後も年金に頼ることなく、20年間も次の仕事をし続けていたことは、周囲にそれを求められたのだろうし、父にはそれに応じる力量があったのだとはっきりと思える。

 組織での人間関係の難しさに今も悩んでいる私としては、亡き父からの助言が欲しいところだ。人を完璧に信頼するのがあり得ないほど難しいことだと感じる。公職についていれば、その職自体がカバーしてくれて、赤裸々に利害関係を感じることなく過ごせていた。さて、肩書が亡くなって、自分の人間力そのもので他人とかかわり合う時に、無力感や不信感が起きてくる。

 というような、後ろを振り返るような文になった直近の理由を考えてみると、今日の練習で指揮をした「そして夜が明ける」という曲がそれだと思った。なぜなら、これを書いている今でもそのメロディーが頭に浮かんでくるから。
 意識しなくても、知らぬ間に心に入り込んでくる音楽の力を改めて感じた。作詞・なかにし礼、作曲・西村朗、16年前のNコン課題曲だ。私自身が選んだNコン課題曲の中の「忘れられない名曲」の一曲だが、それにしても、こんな名曲がそれほど演奏されていないことはおかしいことだ。日本の合唱音楽の「背骨」がどこにあるのか、合唱活動にどっぷりとは浸かっていない私の率直な疑問だ。その世界に入らなければ分からないことがある。入りすぎてはまたわからなくなることもある。
 亡き父のいる世界に早く行きたいと思う。そんな世界があるかどうかもわからないのに。




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ねむの花 第9回演奏会 「NEW YEAR CONCERT 〜忘れられない名曲シリーズVol.5〜

指揮者/高橋利幸HP

そして夜が明ける