(Year−end Concert第13回演奏会 プログラムノートより)


「 難曲 蝶に挑む 」の表題で演奏会を催した合唱団がある・・・中田喜直が合唱組曲「蝶」の2枚目のレコードのライナーノートに書いてくれた言葉だ。その合唱団(女声合唱団コールメーティス)の指揮をしたのは、私だった。何十年も前の話だ。
 「蝶」の練習では一曲目と四曲目の音とりがまず難しかった。当時の邦人作品では珍しく無調の部分が多かった。(音とりは、今でも難しい。)音が取れたら、次は表現だ。中田喜直は「めだかの学校」や「夏の思い出」「小さい秋見つけた」「雪の降る町を」などを聴くと、抒情的な小曲の作曲家のように思えるが、合唱組曲はどれも骨太で、スケールが大きい。「蝶」は中田喜直の女声合唱組曲の最高峰だ。
「蝶」という小さく、儚げな生き物を通して、人間の一生を描く。伊藤海彦の優しさにあふれた詩が心を震わせてくれる。終曲「よみがえる光」の前半「−そして ふたたび 季節はふくらむ あたりにみなぎる 大きな ときめき そこここに あふれ こぼれる 匂う ひなたよ・・・」を詠めば「ときめき」「こぼれる」「ひなた」の短い文字の中に詩人の心の細やかさを思い、最後のフレーズの「・・・そして−私はみる 私にむかって ひときわ青く 美しく 空がやさしくうるむのを 」では、ひたすら前を向いて生きて行け、というかのような、悲痛とも思える魂の叫びを思う。 
ピアノが伴奏の域を超えて難しい。この曲の演奏を躊躇わせる大きな要素だ。優れた腕と類いまれな才能を兼ね備えたピアニストとの邂逅がなければこの曲の演奏はできない。

混声合唱のためのカンタータ「土の歌」は、1962年の作品だ。(同年にレコーディングされている。)50年の歳月を経てそのメッセージは殊更に私の心を打つ。(2011年から2012年への出来事を忘れてはならない。)詩人大木惇夫はこの時すでに、人間が生きることへの拠り所は「土」にあるのだと衝いている。そして、人間の脆さと、狂気となげきを激しく言葉に託した。第三楽章の「・・・ヒロシマの また長崎の 地の下に泣く いけにえの霊を偲べば 日月は雲におおわれ 心は冥府の路をさまよう」と第五楽章の「・・・地の上に山脈があり 地の上に重みがある 地の下に燃える火があり 地の下に怒りがある 地の上に絶えずかぶさる人間悪よ 地の上のなげきは深い 長い年月 」がその証の部分だ。第六楽章「地上の祈り」と終楽章「大地讃頌」でようやく安らぎと感謝の言葉が登場する。「母なる大地のふところに われら人の子の喜びはある・・・」この当たり前の言葉と音楽を今こそ心に刻みたい。私の中での「土の歌」は、ベートーヴェンの「第九」でもあり「田園」でもあり「英雄」でもある。

「ねむの花」は、千葉ニュータウンの中の新しい学校、その名もかわいい「桜台」小学校のPTAコーラスから始まった。ネーミングは、最初に歌った曲が「ねむの花」だったからという、至って無邪気に呑気に始まった合唱団だ。それが、演奏会を13回も開催でき、−忘れられない名曲シリーズ−を9回も続けることができた。その時その時の人との出会いがすべてだ。中田喜直、湯山昭、大中恩、磯辺俶、小林秀雄、南 安雄、福島雄次郎、三浦真理、武智由香の作品を音にできたことも大きな喜びだ。
アンコールを予定している三曲にフィナーレの思いを込めて、そして今年のyear-endのひと時への思いを、悔いのない指揮と歌声とで精いっぱい皆様にお届けしたい。(文中敬称略)






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ねむの花 第14回演奏会 〜忘れられない名曲シリーズVol.10〜

指揮者/高橋利幸HP

「蝶」「土の歌」「ねむの花」